北海道は大雪山国立公園内で道道鹿追糠平線の拡幅工事を計画していますが、当会とナキウサギふぁんくらぶ、日本森林生態系保護ネットワークの3団体は、環境省に工事の許可をしないように求める要望書を送付しました。
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2021年9月30日
環境大臣 小泉進次郎 様
十勝自然保護協会 共同代表 安藤御史
佐藤与志松
ナキウサギふぁんくらぶ 代表 市川利美
日本森林生態系保護ネットワーク 代表 金井塚務
大雪山国立公園内で計画されている道道鹿追糠平線拡幅工事の許可をしないことを求める要望書
要望事項
現在、北海道十勝総合振興局が大雪山国立公園内で計画し環境省との協議を進めようとしている道道鹿追糠平線の拡幅工事は、以下の理由により、工事の許可をしないことを求めます。
要望理由
1 そもそも開発をすべきではない地域
工事予定地である然別湖周辺は、大雪山国立公園特別地域内にあって、日本でも数少ない原生的な自然が残る地域です。美しい景観だけでなく、希少動植物種を含む森林生態系が極めて豊かな地域となっています。
特に本件工事がその山腹で予定されている東ヌプカウシヌプリと西ヌプカウシヌプリは、風穴が広く分布する国内でも珍しい風穴地帯となっていて、その地下には永久凍土層もあり、北極圏にもよく似ていると言われる独自の生態系をもつ地域です。
このような地域では開発は認められるべきではなく、森林生態系の保全を第一義的に考えるべきです。
2 拡幅工事は国立公園の指定植物を損傷しエゾナキウサギの生息地を破壊する
本件工事区間1040メートルは、西ヌプカヌウシヌプリ及び東ヌプカウシヌプリの山腹に位置し、道路のすぐ際には、風穴に支えられた高山、亜高山性の植物とエゾナキウサギ(以下ナキウサギ)が生息する岩塊斜面が広がっています。ナキウサギは環境省のレッドリストで準絶滅危惧にランクされており、特に特殊な生息環境である岩塊地が壊されることは生存の危機につながります。
⑴ 本件工事は植生の復元が困難な地域における土地の形状の変更にあたる
自然公園法20条3項10号及び自然公園法施行規則11条24項は特別地域における「土地の形状の変更」が「植生の復元が困難な地域内において行われるものでないこと」を許可基準としていますが、工事予定地の植生は独自の環境によりもたらされた生態系を織りなしており、復元はおよそ不可能です。したがって、形状の変更は一切認められません。
⑵ 14種以上の国立公園指定植物の絶滅の恐れがある
自然公園法20条3項11号及び自然公園法施行規則11条25項は特別地域における国立公園指定植物の「損傷」が、「申請に係る特別地域において絶滅の恐れがないこと」を許可基準としています。
2021年9月25日、私たちは工事予定区間約1000メートルの山側道路脇約1メートル幅の植物調査を行いました。この結果、58種の植物を確認し、そのうち、下記の14種は環境大臣が定めた大雪山国立公園の指定植物でした。
1 ツバメオモト、2 ゴゼンタチバナ、3 コケモモ、4 ウコンウツギ、5 エゾヒョウタンボク、6 エゾオヤマリンドウ、7 エゾトリカブト、8 ミヤマアキノキリンソウ、9 ミツバオウレン、10 ハクサンシャクナゲ、11 ミヤマハンショウヅル、12 オオタカネバラ、13 エゾムラサキツツジ、14 チシマフウロ
短時間の調査であり、コケ類、地衣類、シダ類やイネ科などの植物は調査できず、また、春に調査すると種数はさらに多くなることが予想されます。
道路脇約1メートルに限った調査でも、多様で貴重な植生があることが確認できましたが、拡幅工事は法面を含めると数メートルの範囲でこれらの植物を消滅させます。
工事による岩塊斜面の破壊は、東ヌプカウシヌプリと西ヌプカウシヌプリの風穴構造にも大きな影響を与え、永久凍土層を融かすことによって周辺の森を“酔いどれの森”にする恐れもあります。ひいては、申請した特別地域内における指定植物の絶滅をもたらす恐れがあり、指定植物の損傷は一切認められるべきではありません。
⑶ エゾナキウサギの生息地の破壊と地域個体群の消滅の恐れがある
9月25日、私たちが露岩帯のナキウサギ調査を行ったところ、岩塊斜面の5カ所でナキウサギの硬糞及び軟便を確認し、また1か所で新しい貯食植物を確認しました。(写真)。
貯食されていたヤマハハコの茎は斜めに噛み切られ(ウサギ特有の切り口)、岩穴に置かれていたことから、ナキウサギが貯食した植物と断定できます。緑色の新しい貯植物であることから、ナキウサギが現在、道路周辺に生息していることは明らかです。
今回、ナキウサギの痕跡を確認した岩塊斜面は道路から目視できる範囲だけですが、その岩塊地の工事による破壊は、前記したように山体の岩塊構造の破壊にもつながります。
ナキウサギは、岩塊地という極めて特殊な環境を生息地とするため、生息地の破壊はその地域の個体群の消滅に直結する可能性が大きいのです。
以上、拡幅工事は特別地域に回復不能な損傷をもたらすもので、およそ許可基準を満たすものではありません。そもそも、国民の大切な自然の宝庫に傷をつけ、これを失うような工事は決して認めるべきではありません。
3 工事の必要性はなく代替策で事故は防止できる
工事予定区間の道路幅は現状でも2車線相当の幅があり、バス2台がすれ違うことも可能な道路です。私たちが視察した9月25日は、秋晴れの土曜日の午後でしたが、通行車両は少なく、車両2台がすれ違うこともあまりなく、すれ違う時もスムーズでした。
紅葉の季節やイベントなど一時的に然別湖を訪れる車が増えたり、冬期間、積雪により道路幅が狭くなる季節には、2台のすれ違いが難しくなりひいては自動車事故の発生がする可能性があることは否定しません。
しかし、これを回避するためには、道路拡幅は必要ではなく、以下のような代替案による回避が可能です。
① 区間の両端に信号機を設置し、交互通行にする。
例えば京都清滝トンネルでは、トンネル入り口に信号機を設置し常時交互通行となっている。
② 同区間を通る路線バスは一日4往復だけなので、ホテルの送迎バスあるいは観光バスが、路線バスとすれ違わないように時間調整することは十分可能である。
③ 上士幌から糠平への国道273号の「鱒見トンネル」の例のように、対向車があるときに「対向車あり」と表示される電光掲示板を設置する。
以上
*送付した要望書にはナキウサギの糞と貯食の写真が入っていますが、ここでは省略しました。