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2016年02月20日
更別湿原ヤチカンバ群落の保全策についての提案
2月18日付で北海道教育委員会に、以下の更別湿原ヤチカンバ群落の保全策についての提案を送付しました。
当会の2016年1月21日付け要望書に対する平成28年1月28日付け回答で、貴職は別海町での保護対策検討委員会の議論を踏まえてヤチカンバの生育に関する見解を明らかにしました。今後、保護検討委員会でヤチカンバの保全策について議論が進むことと推察します。そこで、この機会に更別でのヤチカンバの生育環境を踏まえた当会の更別湿原ヤチカンバ群落保全策について提案します。ついては貴職において検討いただきたく存じます。
発見時のヤチカンバ群落の様子
ヤチカンバを発見し、新種として発表した渡辺定元・大木正夫の両氏は、1959年に発表した「北海道産カバノキ属の一新種」(植物研究雑誌34:329-332)で、ヤチカンバの生育地について次のように書いています。
「更別泥炭地は周囲約10㎞面積ほぼ600ha,流水の箇所にはハンノキ,ヤナギ林がみられる他大部分は“やちぼうず”によって占められている。ヤチカンバは湿原の外縁部の“やちぼうず”上に生じ,特に西側では幅20~100m,長さ1500mの大面積に亘り群落を形成している。したがってヤチカンバは,過湿な“やちぼうず”上には生えず,やや乾燥せる“やちぼうず”上に叢生している。5月初旬開花時に当地を訪ねた時は中央部は湿地であったがヤチカンバの生ずる“やちぼうず”の間は水が枯れていた。この地域の住民の話によると,6月になると湿地化するそうである。」
つまり、更別ではヤチカンバは更別泥炭地の湿原の外縁部にある「やちぼうず」上に叢生していました(空中写真参照)。このような本来の生育環境を理解することが本種の保全策を考えるうえで重要です。
これまでの保全の考え方の問題点
更別村(教育委員会)が調査会社に委託して作った報告書(「平成16年度 ヤチカンバ保護地域内現況調査委託業務報告書」)によると、ヤチカンバ保護地域の土壌調査の結果、泥炭層や斑紋(当会注:酸化鉄や酸化マンガン化合物の土層中での沈積形態の総称)がなく、湿原にはない十勝坊主があったからここは湿原ではなかったとし、排水路の埋め戻し等によって水位を高め、以前の湿原状況を再現する方法は、保全地域内では妥当な対策とは考えられないから、保全対策案として、地掻き放置区(ミヤコザサを刈りはらった表層を耕起して放置)、播種区(地掻き放置区と同様の処理後播種)、苗移植区(地掻き放置区と同様の処理後苗を移植)をつくるべきだと主張しています。
そして保全対策の項で「従来、文献などにおいては、保護地域は湿原内に形成された群落が、その後の農地造成事業などの排水整備により乾燥化を経て、現在のミヤコザサやイタドリの優占する状況に至ったものと述べられている。しかし、土壌調査の結果、まとめの項で述べてあるように保全地域は湿原であった可能性が低いと考えられる。」とし、だから、「排水路の埋め戻し等によって水位を高め、以前の湿原状況を再現する方法は、保全地域内では妥当な対策とは考えられない」とも主張しています。
しかし渡辺・大木氏は、ヤチカンバが湿原の外縁部のやや乾燥したヤチ坊主上に生育し、(住民の話として)6月に湿地化するとしているのです。つまりヤチカンバの生育地は湿原の外縁部のヤチ坊主ができる湿地だったということです。湿地は水位が高いから湿地になるのです。水位の高さゆえ樹木の侵入が制限され森林へ移行できなかったと考えるのが妥当でしょう。もしそのような条件がなければ、森林化によって陽樹の低木であるヤチカンバは光を奪われ絶滅していたに違いありません。したがって保全地域が湿原でなかったから水位は関係ないというのは見当違いです。乾燥化が進んだから根萌芽するヤマナラシやミヤコザサなどが侵入し、危機が訪れているのです。つまり、高木やミヤコザサの侵入防止には地下水位を高く保つことが重要だということです。
保全のための方策
前述のような更別湿原でのヤチカンバの生育特性を踏まえると、ヤチカンバ群落の持続可能な保全対策は発見当時の生育環境に近づけること、すなわち地下水位を上昇させることだと考えます。
保全地域の周りに矢板を打ち込んで仕切りをつくり、天水が周囲の明渠などに流れ出るのを防ぎ地下水を保つようにすることが一つの方策です。できるならば地下水を定期的にくみ上げて保全地域に入れ、地下水位を上昇させることも必要でしょう。
このような長期的保全対策とともに、ヤマナラシやミヤコザサなどの除去も緊急的対策として行われるべきでしょう。
これを実行するためには少なくない経費が必要となります。これを文化財保護事業としてやることができれば問題ないのですが、もし経費負担が困難であるならば、自然再生事業として北海道開発局に実施してもらうことを検討すべきだろうと考えます。
貴職の回答への見解
貴職の平成28年1月28日付け回答について、当会の見解を述べておきます。
1.「昨年10月に開催されました別海町の保護対策検討委員会での現地調査や検討で、地点ごとに様相が大きく異なるため更に科学的なデータを得る必要があるとされておりますが、ヤチカンバの生育阻害要因で最も大きいのは、他の種に覆われて日照が不足することと考えられています。」について
他の種に被圧されることがヤチカンバの生存上の最大の問題であるという当会の見解が共有されたのは幸いです。ただし被圧は生育阻害要因であるばかりでなく生存阻害要因になると理解すべきです。
2.「『更別湿原のヤチカンバ』指定地でミヤコザサが目立っていることは事実ですが、それによって他の樹木の種子が発芽することも妨げられているため、単純にササを刈ることが良いのかを含めて、充分な検討が必要です。」について
前述のように、当会はササ刈の実施は緊急的な対策であり、抜本的対策とは考えておりません。
3.「『西別湿原のヤチカンバ群落』の現地調査で、最も高水位の地点にあるヤチカンバが、約40年前と比べて丈も伸びておらず、数も増えていないことが判明したことから、必ずしも高水位の環境が、実生を含めたヤチカンバの生育を促進させるとは言えません。」について
高水位地点でもヤチカンバの丈が伸びず、数が増えていないから高水位環境がヤチカンバの生育に大きな意味を持たないと考えているのでしたら、それは的外れです。陽樹の低木であるヤチカンバは、シラカンバやヤマナラシなどの高木との光を巡る競争に勝つことができません。高木やササが侵入しえない高水位地点こそがヤチカンバが生きながらえる安住の地となっていると見るべきです。寒冷期の遺存種と考えられるヤチカンバは、特殊な立地で萌芽更新などにより粘り強く生きていると考えるべきであり、実生が沢山生育していなければ生存できないと考えるべきではありません。
(空中写真は省略しています。)
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更別湿原ヤチカンバ群落の保全策についての提案
当会の2016年1月21日付け要望書に対する平成28年1月28日付け回答で、貴職は別海町での保護対策検討委員会の議論を踏まえてヤチカンバの生育に関する見解を明らかにしました。今後、保護検討委員会でヤチカンバの保全策について議論が進むことと推察します。そこで、この機会に更別でのヤチカンバの生育環境を踏まえた当会の更別湿原ヤチカンバ群落保全策について提案します。ついては貴職において検討いただきたく存じます。
発見時のヤチカンバ群落の様子
ヤチカンバを発見し、新種として発表した渡辺定元・大木正夫の両氏は、1959年に発表した「北海道産カバノキ属の一新種」(植物研究雑誌34:329-332)で、ヤチカンバの生育地について次のように書いています。
「更別泥炭地は周囲約10㎞面積ほぼ600ha,流水の箇所にはハンノキ,ヤナギ林がみられる他大部分は“やちぼうず”によって占められている。ヤチカンバは湿原の外縁部の“やちぼうず”上に生じ,特に西側では幅20~100m,長さ1500mの大面積に亘り群落を形成している。したがってヤチカンバは,過湿な“やちぼうず”上には生えず,やや乾燥せる“やちぼうず”上に叢生している。5月初旬開花時に当地を訪ねた時は中央部は湿地であったがヤチカンバの生ずる“やちぼうず”の間は水が枯れていた。この地域の住民の話によると,6月になると湿地化するそうである。」
つまり、更別ではヤチカンバは更別泥炭地の湿原の外縁部にある「やちぼうず」上に叢生していました(空中写真参照)。このような本来の生育環境を理解することが本種の保全策を考えるうえで重要です。
これまでの保全の考え方の問題点
更別村(教育委員会)が調査会社に委託して作った報告書(「平成16年度 ヤチカンバ保護地域内現況調査委託業務報告書」)によると、ヤチカンバ保護地域の土壌調査の結果、泥炭層や斑紋(当会注:酸化鉄や酸化マンガン化合物の土層中での沈積形態の総称)がなく、湿原にはない十勝坊主があったからここは湿原ではなかったとし、排水路の埋め戻し等によって水位を高め、以前の湿原状況を再現する方法は、保全地域内では妥当な対策とは考えられないから、保全対策案として、地掻き放置区(ミヤコザサを刈りはらった表層を耕起して放置)、播種区(地掻き放置区と同様の処理後播種)、苗移植区(地掻き放置区と同様の処理後苗を移植)をつくるべきだと主張しています。
そして保全対策の項で「従来、文献などにおいては、保護地域は湿原内に形成された群落が、その後の農地造成事業などの排水整備により乾燥化を経て、現在のミヤコザサやイタドリの優占する状況に至ったものと述べられている。しかし、土壌調査の結果、まとめの項で述べてあるように保全地域は湿原であった可能性が低いと考えられる。」とし、だから、「排水路の埋め戻し等によって水位を高め、以前の湿原状況を再現する方法は、保全地域内では妥当な対策とは考えられない」とも主張しています。
しかし渡辺・大木氏は、ヤチカンバが湿原の外縁部のやや乾燥したヤチ坊主上に生育し、(住民の話として)6月に湿地化するとしているのです。つまりヤチカンバの生育地は湿原の外縁部のヤチ坊主ができる湿地だったということです。湿地は水位が高いから湿地になるのです。水位の高さゆえ樹木の侵入が制限され森林へ移行できなかったと考えるのが妥当でしょう。もしそのような条件がなければ、森林化によって陽樹の低木であるヤチカンバは光を奪われ絶滅していたに違いありません。したがって保全地域が湿原でなかったから水位は関係ないというのは見当違いです。乾燥化が進んだから根萌芽するヤマナラシやミヤコザサなどが侵入し、危機が訪れているのです。つまり、高木やミヤコザサの侵入防止には地下水位を高く保つことが重要だということです。
保全のための方策
前述のような更別湿原でのヤチカンバの生育特性を踏まえると、ヤチカンバ群落の持続可能な保全対策は発見当時の生育環境に近づけること、すなわち地下水位を上昇させることだと考えます。
保全地域の周りに矢板を打ち込んで仕切りをつくり、天水が周囲の明渠などに流れ出るのを防ぎ地下水を保つようにすることが一つの方策です。できるならば地下水を定期的にくみ上げて保全地域に入れ、地下水位を上昇させることも必要でしょう。
このような長期的保全対策とともに、ヤマナラシやミヤコザサなどの除去も緊急的対策として行われるべきでしょう。
これを実行するためには少なくない経費が必要となります。これを文化財保護事業としてやることができれば問題ないのですが、もし経費負担が困難であるならば、自然再生事業として北海道開発局に実施してもらうことを検討すべきだろうと考えます。
貴職の回答への見解
貴職の平成28年1月28日付け回答について、当会の見解を述べておきます。
1.「昨年10月に開催されました別海町の保護対策検討委員会での現地調査や検討で、地点ごとに様相が大きく異なるため更に科学的なデータを得る必要があるとされておりますが、ヤチカンバの生育阻害要因で最も大きいのは、他の種に覆われて日照が不足することと考えられています。」について
他の種に被圧されることがヤチカンバの生存上の最大の問題であるという当会の見解が共有されたのは幸いです。ただし被圧は生育阻害要因であるばかりでなく生存阻害要因になると理解すべきです。
2.「『更別湿原のヤチカンバ』指定地でミヤコザサが目立っていることは事実ですが、それによって他の樹木の種子が発芽することも妨げられているため、単純にササを刈ることが良いのかを含めて、充分な検討が必要です。」について
前述のように、当会はササ刈の実施は緊急的な対策であり、抜本的対策とは考えておりません。
3.「『西別湿原のヤチカンバ群落』の現地調査で、最も高水位の地点にあるヤチカンバが、約40年前と比べて丈も伸びておらず、数も増えていないことが判明したことから、必ずしも高水位の環境が、実生を含めたヤチカンバの生育を促進させるとは言えません。」について
高水位地点でもヤチカンバの丈が伸びず、数が増えていないから高水位環境がヤチカンバの生育に大きな意味を持たないと考えているのでしたら、それは的外れです。陽樹の低木であるヤチカンバは、シラカンバやヤマナラシなどの高木との光を巡る競争に勝つことができません。高木やササが侵入しえない高水位地点こそがヤチカンバが生きながらえる安住の地となっていると見るべきです。寒冷期の遺存種と考えられるヤチカンバは、特殊な立地で萌芽更新などにより粘り強く生きていると考えるべきであり、実生が沢山生育していなければ生存できないと考えるべきではありません。
以上
(空中写真は省略しています。)
更別湿原のヤチカンバ保全についての回答
ヤチカンバの保全について更別村教育長からの回答
ヤチカンバ保全についての質問書
更別湿原のヤチカンバ保全に関し更別村教育委員会より回答
更別湿原のヤチカンバの保全について質問と要望を送付
ヤチカンバ保全に関する回答
ヤチカンバの保全について更別村教育長からの回答
ヤチカンバ保全についての質問書
更別湿原のヤチカンバ保全に関し更別村教育委員会より回答
更別湿原のヤチカンバの保全について質問と要望を送付
ヤチカンバ保全に関する回答
Posted by 十勝自然保護協会 at 20:38│Comments(0)
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